コラム
再生医療・医薬開発などの分野における革新的な技術やトレンドを紹介していきます。
第4回
創薬をターゲットとした骨格筋ティッシュエンジニアリングへの期待
Roshini Beenukumar, PhD
高齢者における筋機能の低下は、現在大きな問題となっています。特に創薬分野において、効果的な薬剤を開発するには、より生体に近いヒト骨格筋モデルが必要とされています。最新のエンジニアリングされた骨格筋組織とヒトiPS細胞由来の筋細胞において、In vitroで成熟した、機能的な筋細胞を得ることにはいまだに課題があります。ここでは、創薬と病態モデルへの応用のために機能的な骨格筋組織を培養するための新しいアプローチについてお話します。
筋機能の低下は、老化における厳しい現実の一つです。サルコペニアと呼ばれる骨格筋の筋肉量と機能の減少は、筋力の低下を引き起こし、結果的に転倒と骨折の発生率が高くなります(1)。サルコペニアの発症には、運動ニューロンの喪失による運動単位と筋線維の減少、テストステロン、成長ホルモンなどのアナボリックホルモンの生産の減少、インターロイキン-6などのカタボリック物質の増加など、さまざまな生理的メカニズムが関与しています(2)
加齢によって起きるサルコペニアは回復可能でしょうか?
東京大学医科学研究所の山梨裕司教授が主導する最近の研究では、有望な結果が示されています。遺伝子治療アプローチを使用して、チームは、神経筋接合部での筋肉の神経支配を改善することが、加齢マウスの運動機能と筋力を強化することを示しました(3)
前述の研究で使用された動物モデルは、筋機能に関与する遺伝的、生理的、生化学的メカニズムを理解する上で重要な洞察を提供しますが、創薬への応用においては、ヒトで見られる複雑さの再現に課題があります。
創薬をターゲットとした骨格筋ティシュエンジニアリング
体内環境の複雑さを模倣してエンジニアリングした骨格筋組織は、疾患のモデルや治療法のテスト方法に革命的な変化をもたらしました。これらの体外モデルは、従来の動物モデルや2次元細胞培養よりも、薬物テストにおいてより適切で正確なプラットフォームを提供することができます(4)。最近の研究では、細胞シートベースのエンジニアリングが、薬物テストにおいて重要とされる十分な収縮特性を持つヒトの筋組織を生産することが示されています(5)。また、ティッシュエンジニアリングの手法により、7日間の培養でヒトの人工筋肉を開発するという大きな成果もありました。このプロセスは、ヒトの筋芽細胞を外部細胞マトリックス内で融合させ、整列した筋繊維に分化させる工程を含み、創薬や病態モデルにおいて、より生理学的に関連があるモデルを提供します(6)
ヒトiPS細胞由来の筋細胞を使用した筋ジストロフィーの創薬モデル
近年、骨格筋組織のエンジニアリングを筋ジストロフィーの病態モデルに応用することに関心が高まっています。筋ジストロフィーは、進行性の骨格筋の衰弱と変性を特徴とする多種類の筋疾患として知られています(7)。最も一般的な筋ジストロフィーの一つであるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne Muscular Dystrophy, DMD)が研究の対象となっています。DMDは、ジストロフィン遺伝子の突然変異により、進行性の筋肉変性と衰弱が特徴であり、最終的には心臓や呼吸器の合併症により死に至ります。グルココルチコステロイドやエクソンスキッピング療法などの治療法が存在しますが、その効果は限定的でかつ不確実です(8)。最近の研究では、DMD患者由来のヒトiPS細胞を筋芽細胞に分化させると、特に筋原線維形成不全というDMD関連の表現型が現れることが示されています。これらの分化した筋芽細胞を使用して、SunらはDMDのための潜在的な治療法を特定するための薬物スクリーニングプラットフォームを開発しました。同定された化合物であるジンセノサイドRdおよびフェノフィブラートは、DMDのモデルであるmdxマウスでの前臨床試験で有望な結果を示し、ジストロフィン欠乏によって引き起こされるいくつかの骨格筋表現型の出現を緩和しました(8)
体外モデルにおける骨格筋細胞の課題
ヒトiPS細胞由来の筋細胞は、筋ジストロフィーにおける創薬の有望なプラットフォームを提供しますが、細胞の成熟に関連する課題は依然として大きな障壁となっています。さらに、多くの筋ジストロフィーは小児~成人期の発症を特徴とするため、未熟な細胞ベースのモデルは成人の表現型を部分的にしか再現できない可能性があります。そのため、培養された骨格筋細胞の成熟を促進する方法が必要とされています(7)
In vitroで骨格筋細胞を成熟させるためには、体内環境を模倣するマイクロ環境を作成することが重要です。培養期間を延長することは成熟を促進する効果的な方法です。また、基質の弾力性は自然な成長パターンを促進する上で重要な役割を果たし、細胞の配向性と三次元性も重要です。運動を模倣した電気機械的条件付けも成熟を進めることが示されています。成長因子の補給や運動ニューロンや血管内皮細胞のような支援的な細胞タイプとの共培養も成熟した表現型を達成するのに役立ちますが、複雑な培養を管理することは課題となります(7)
機能的な筋組織モデルのための細胞シート技術
細胞シート技術は収縮特性をもつヒトの筋組織モデルを作ることに成功しています。東京女子医科大学先端生命医科学研究所の高橋宏信講師のグループは熱応答性マイクロパターニング基板を使用して、整列した筋繊維の細胞シートを作成しました。この細胞シートをフィブリンベースのゲルに複数枚重ねています。フィブリンゲル上で筋繊維の成熟化が促進され、収縮のための弾性プラットフォームが作成されます。
エンジニアリングで作成した筋組織は、電気的および化学的刺激に対して高い収縮力と一方向の収縮を示します。薬剤に対する生理学的反応をリアルタイムにかつ定量的に評価することができます。筋生理学および創薬研究のための組織モデルとしての可能性を示しています(5)
図1:CellArray-Heart™上で培養したマウス由来筋芽細胞(C2C12株)の配向性
一般的な細胞培養基材と比較して、CellArray-Heart™は、アクチン免疫染色で示されるように、
一方向に配向した細胞シートを作成しました。
王子ホールディングス株式会社では、配向性をもつ単層の細胞シート(図1参照)を生産するための新しい細胞培養基材「CellArray-Heart™」を販売しております。CellArray-Heart ™は、ナノサイズの凹凸領域と平担領域がストライプ状に配置された表面構造を特徴とし、様々な細胞タイプ、例えば筋芽細胞、心筋細胞、線維芽細胞を播くだけで配向培養できる培養基材です。
References
1. Cruz-Jentoft, A. J. et al. (2010). Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age and ageing, 39(4), 412–423.
2. Deschenes M. R. (2004). Effects of aging on muscle fibre type and size. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 34(12), 809–824.
3. Ueta, R. et al. (2020). DOK7 gene therapy enhances neuromuscular junction innervation and motor function in aged mice. iScience, 23(8),101385.
4. Ostrovidov, S. et al. (2023). Latest developments in engineered skeletal muscle tissues for drug discovery and development. Expert opinion on drug discovery, 18(1), 47–63.
5. Takahashi, H., Wakayama, H., Nagase, K., & Shimizu, T. (2023). Engineered human muscle tissue from multilayered aligned myofiber sheets for studies of muscle physiology and predicting drug response. Small methods, 7(2), e2200849.
6. Gholobova, D. et al. (2018). Human tissue-engineered skeletal muscle: a novel 3D in vitro model for drug disposition and toxicity after intramuscular injection. Scientific reports, 8(1), 12206.
7. Smith, A. S. T., Davis, J., Lee, G., Mack, D. L., & Kim, D. H. (2016). Muscular dystrophy in a dish: engineered human skeletal muscle mimetics for disease modeling and drug discovery. Drug discovery today, 21(9), 1387–1398.
8. Sun, C. et al. (2020). Duchenne muscular dystrophy hiPSC-derived myoblast drug screen identifies compounds that ameliorate disease in mdx mice. JCI insight, 5(11), e134287.